「幽霊粒子」 半世紀の謎を解明、宇宙形成に迫る
ノーベル物理学賞に輝いた東大宇宙線研究所の梶田隆章教授(56)は、
素粒子ニュートリノに質量があることを証明し、
半世紀近くに及ぶ大きな謎を解き明かした。
物質や宇宙の成り立ちに迫る新たな研究の扉を開く成果で、
素粒子物理学の飛躍的な発展をもたらした。
ニュートリノは物質を構成する最小単位である素粒子の一つだが、
他の粒子と違って謎だらけの存在だ。
電子などと違って電気を帯びていないため、他の物質とほとんど反応せず、地球も通り抜けてしまう。
観測でとらえるのは非常に困難で、「幽霊粒子」と呼ばれることもある。
1956年の発見以来、大きな謎だったのは質量の有無だ。
ニュートリノは電子型、ミュー型、タウ型の3種類があり、
飛行中に別のタイプに変身する不思議な性質がある。
「振動現象」と呼ばれるもので、
これが確認できればニュートリノに質量があることの証拠になる。
振動現象は昭和37(1962)年に名古屋大の坂田昌一博士らが理論的に存在を予言した。
だが観測による裏付けはなく、素粒子物理学の基本法則である標準理論では、
ニュートリノに質量はないとされてきた。
もし質量が見つかれば、新たな物理学の誕生につながる重大な意味を持つ。
梶田さんノーベル賞
「幽霊粒子」半世紀の謎を解明、宇宙形成に迫る
この大問題に決着をつけたのが梶田氏だ。
最初の舞台は、
2002年にノーベル賞を受けた小柴昌俊氏が岐阜県飛騨市神岡町の地下鉱山跡に建設した
観測施設「カミオカンデ」。放射線の一種である宇宙線が地球に降り注ぐ際に、
大気中の原子核とぶつかって生成される「大気ニュートリノ」を観測したところ、
ミュー型の数が理論的な予測の60%しか検出されない「異常」を見いだし、昭和63年に論文を発表した。
これは残りの40%が振動現象によってタウ型に変身したことが原因だったが、
カミオカンデの性能では十分に解明できなかった。
そこで梶田氏は戸塚洋二氏(平成20年に死去)らとともに、
大型化で性能を10倍以上に増強した後継施設「スーパーカミオカンデ」を建設。
8年から観測を開始すると、研究は劇的に進展した。
梶田氏が着目したのはニュートリノの変身と飛行距離の関係だ。
ニュートリノは飛び始めた直後には変身しないが、
飛行距離が長くなると変身しやすくなる性質がある。
スーパーカミオカンデには、あらゆる方向からニュートリノが飛んでくるが、真上から来るものは、
大気中で生まれてから10〜20キロの短い距離しか飛行していないので、変身しない。
一方、地球を貫通して真下から来るものは、
地球の直径(約1万2800キロ)に相当する長距離を飛んでいるので、変身して数が減っているはずだ。
予想は的中した。観測の結果、
真下から来たミュー型ニュートリノの数は、真上からと比べて半分しかなく、
タウ型への変身が起きた場合の理論値と一致。
振動現象の存在は99・9999999999%以上の確率で間違いないことを10年に突き止めた。
これによりニュートリノが質量を持つことは揺るぎないもとのなり、物理学の歴史に残る大発見となった。
振動現象はその後、
茨城県の研究施設からスーパーカミオカンデに人工的なニュートリノを飛ばす実験など、
国内外で研究が続いている。タウ型への変身だけでなく、
ミュー型への変身も確認済みで、唯一残っていた電子型への変身も平成25年、
日本の研究チームによって発見された。